暮らすがえジャーナル

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【イベントレポート】「その人らしさ」と会社の未来像の重なりを模索する、人事制度の舞台裏

今回は10月に行われた、人事制度のリアルを経営層と現場、それぞれの立場から語り合うトークイベント、「ぶっちゃけトーク!経営と現場が語る、人事制度のリアル」のレポートをお届けします。

一般的に人事制度は「等級・評価・賃金」で過去の成果を測る仕組みですが、今回は未来への意志と貢献に投資する「自己申告型・未来投資型」の制度に挑戦した3社が登壇しました。

この制度の中心にあるのは、社員一人ひとりが「自分のやりたいこと」を表現し、会社はその挑戦に投資するという考え方。社員と会社がすり合わせながら覚悟の交換を行い、その未来への期待に基づいて報酬が決まるという仕組みです。

今回は、3社がどのように制度と向き合い、どんな変化が起きたのか、葛藤も含めたリアルなプロセスを辿っていきます。

登壇者

木村石鹸工業株式会社 木村祥一郎 氏(以降、木村)

木村石鹸の代表取締役社長。1995年大学時代の仲間数名とIT会社。以来18年間、商品開発やマーケティングなどを担当。2013年6月にIT会社取締役を退任し、家業である木村石鹸工業株式会社へ。2016年9月、4代目社長に就任。

 

株式会社乗富鉄工所 乘冨賢蔵 氏(以降、乘冨)

福岡県の水都柳川に本社を置く水門メーカー、株式会社乗富鉄工所の代表取締役。1985年生まれ。職人の集団離職をきっかけにITツールによる業務効率化や水門のDX、職人の働き方改革など経営改革を実施。2020年にはデザイナーや大学生と職人技を生かした商品開発活動「ノリノリプロジェクト」をスタート。地域のさまざまなプレイヤーを巻き込みながら町工場のモノづくりを盛り上げるべく奔走中。

 

平安伸銅工業株式会社 竹内香予子(以降、かよ)

1982年、兵庫県出身。大学卒業後に大手新聞社で記者を務め、2010年に家業を継ぐため平安伸銅工業へ。2015年には代表取締役に就任。「私らしい暮らし」をかなえる立役者として、一紘氏とともに夫婦で経営している。

モデレーター

平安伸銅工業株式会社 羽渕 彰宏

平安伸銅工業株式会社執行役員。reborn株式会社代表取締役。「社外人事部長」として、様々な中小企業の人事に関わり、人間関係の悩みを解決し、社員の意思や才能が発揮されるような文化や仕組みを構築している。得意なことは人の才能を見つけること、苦手なモノはレバー。

「評価はできない」投資という考え方で従来の評価軸から脱却

――まずは、今年9月にまさに新しい人事制度を導入したばかりの乘冨さんから、どんな制度なのかと、導入して起きたことを教えていただけますか?

乘冨
会社のフェーズが変わり、「クリエイティブな会社」という発信を見て入社する若手が増える一方、長年支えてくれている職人のベテランもいる。その中で価値観や働き方のイメージにズレが生まれ、「若手だけ昇給する」のも違うし、このままでもモヤモヤする。そんな状況が背景にありました。
そこで自社のバリュー「やりたいを叶える」を軸に、来期やりたいことと、それに見合う昇給額を自己申告する未来投資型制度を導入しました。正直、最初は突飛な希望が並ぶのではと不安もありましたね。
ですが実際にやってみると、「この人がこんなことを?」というベテランからの意外な提案があったりして驚きました。

――乗冨鉄工所さんでは、以前は「役職」や「資格」が物差しになっていましたよね。
それを、「役職や資格」ではなく「本人のやりたい・自己申告」に切り替えたことでこれまでの物差しでは評価されなかった価値が、ちゃんと見えるようになってきたんですね。木村石鹸さんではなぜ自己申告型制度を導入したんですか?

木村
正直、僕は査定がめちゃくちゃ嫌だったんですよ。
前の制度だと、一応シートとか点数はあるんですけど、結局最後は僕の「えいや」で給与が決まるわけで。ずっと「そもそも評価って本当にできるの?」ってモヤモヤしてました。
従来の制度って、評価と賃金がセットになってるから、評価を正確にしようとして評価者研修とか360度評価とか、すごいエネルギーがかかるんですよね。でも、どれだけ頑張っても全員が納得する評価なんて作れない。
その前提に立ってるのが、この未来投資型の考え方だと思っています。未来なんて誰にもわからないから、ルールで縛るんじゃなくて、社員と会社が対話しながら「どこならお互い納得できるか」を探す。
しかも従来制度だと、目標ができなかったら「はい評価ダウンです」って全部本人の失敗になる。でも投資型は違って、会社も“投資した側”として責任を一緒に負うんです。だから同じ方向を向いて「どうやったら成功させられるか?」って話ができる。
この投資という考え方が、制度全体を前向きで健全なものにしている。「どうやったらこの投資を成功させられるか?」を考えられる。そこがこの制度の一番良いところだと思っています。

かよ
うちも、そもそも評価と賃金がくっついてることに大きな違和感があったんです。
計画外のことが絶対起きるのに、期首の目標だけで評価すると「やった人が損」みたいな力学が働くんですよね。これだと、私たちが理想とする働く人とのパートナーシップが結べないなと。
だから評価と賃金はいったん切り離しました。営業みたいに数字を追う部署はあるけど、給与と直結しないほうが、皆が柔軟に会社全体にコミットできるようになった実感があります。
未来投資型の良いところは、個人のパーパスと会社のビジョンの重なりを対話で確認しながら、「ここに投資します」と合意できること。会社のビジョンに人を合わせ込むというよりは、凸凹した個性を持ったメンバーが集まって石垣のようなチームをつくりたい。
そのために、一人ひとりが「自分は何を大事にして、どんな未来をつくりたいのか」を言語化し、それと会社の方向性がどう重なるかを対話しています。
その結果、若手がどんどん上位等級の役割を担うようになってきたのは大きいですね。

個人のライフステージに合わせて流動的に変えられる

木村
ちなみに、その自己申告で「こういうことをやります。だから等級を上げてください」って提案しますよね。それで OK になった人が、1年後にまったく達成できてなかった場合、みなさんはどう対応されていますか?

乘冨
必要なら等級を下げることもできる仕組みにしています。といっても能力不足だから下げるという意味だけじゃなくて、家庭の事情とか、今は会社にそこまでコミットできないフェーズって誰にでもあると思うんですよね。
今回もまさに一人、会議の場で『今は挑戦できません』と自己申告したメンバーがいて、実際話を聞くとかなり無理をしていたんです。
その人は等級自体は下げませんでしたが、給与をその等級の下限近くまで下げて、仕事の負荷も軽くし、部署も異動させるという対応を取りました。今は少しずつ元気を取り戻しています。昇格・降格というより、その人の状態に合わせて柔軟に調整できるような仕組みにしていきたいなと思いますね。

――等級が上がること自体が偉いわけではなくて、その人が一番ラクに、楽しく働ける状態を一緒に探すというのが大事なんじゃないかなと思います。だから場合によっては、役割が少し小さくなることもある。でもそれをネガティブに捉えるんじゃなくて、対話を重ねてお互いが本当に納得した形にすり合わせるので、むしろ双方スッキリした気持ちになることが多いんですよね。

制度で一番重要であり、同時にいちばん難しいのは運用です。イベント後半は新しい制度を日々の仕事の中に根づかせるため、現場を支えてきた3人に話を聞きました。
戸惑うメンバーに寄り添い、ときには言葉を引き出し、ときには方向性のヒントを示しながら、少しずつ前に進めていく。制度の裏側には、地道な支援や工夫が積み重なっています。迷いながらも伴走し続けた現場の方々の視点から、そのプロセスを語っていただきました。

登壇者

木村石鹸工業株式会社 濱岸秀年 氏(以降、濱岸)

組織活性化チームリーダー。2005年に木村石鹸入社。21年目。最初の1年は製造部で現場を経験。続く16年間は技術開発部で、処方開発と品質管理としてモノづくりに携わる。現在は、立ち上げ4年目の組織活性化チームに所属。採用や商品企画を兼任。活動の主軸は、個人のキャリア形成と会社の方向性の重なりを見つけるため、メンバーと向き合うこと。働きがいと働きやすさを確立する組織を目指し、職場環境づくりを推進。

株式会社乗富鉄工所 吉田悠 氏(以降、吉田)

総務管理課係長。2017年に乗富鉄工所に入社。総務部ひと筋で採用、社員教育、安全衛生管理、労務管理など様々な業務を担当しながら、社員との繋がりを深めていく。新しい人事制度では制度設計からサポーターのフォローまで広く深く携わり、日々新しい発見に新鮮な気持ちを抱いている。
代表取締役の乘冨とは高校、大学の同級生(学生時代は面識なし)。現在ペットのヤモリを溺愛中。

平安伸銅工業株式会社 舟渡 史(以降、舟渡)

暮らすがえグループ所属。平安伸銅工業に2017年入社。8年目。2018年から活発化した平安伸銅の組織改革の渦中で在りたい姿と現状を行き来。対話によってヒトと組織をつなぐ“舟渡し”が得意。人前で話すのは死ぬほど苦手。

モデレーター

株式会社ウエダ本社 森島啓太 氏

京都市出身。新卒で電子部品メーカーにて経営企画を担当。2018年より現職。「働く」というテーマに事業を通じて向き合いたいと考え、ウエダ本社の理念に共感し入社。社内で起きる様々な新規プロジェクトの推進や、自社の採用担当としても活動。

意志って何?から始まった混乱を対話でサポート

――まずは、皆さん自身がこの制度とどう向き合ってきたのか、お聞きしたいと思います。制度が変わったときは戸惑う方も多いと思うので、当事者としてのリアルな経験を伺えればと。

舟渡
最初、現場はかなり戸惑っていました。普段の業務に追われて、自分の在りたい姿について考えたことがない人も多くて、『意志って何?』から始まる感じでした。でもその分、自分の人生や働き方を見つめ直すいいきっかけにもなりましたね。ただ、会社の方向性との重なりを考える必要があるので、僕自身は資料を要約したりと、導入期は意識的に補助線を引く役割をしていました。

濱岸
制度導入当時、私は技術開発部のマネージャーで、1on1を通じてメンバーの自己申告に向き合っていました。最初はできるだけ投資額を上げたいという希望が強くて、貢献と金額が合っていないケースが多かったんです。
なので、何度も対話しながら『本当にその金額でいい?』『貢献と見合ってる?』とすり合わせて、委員会に持ち込む……という地道なやり方でした。
制度が浸透してくると、みんなが自分の貢献をきちんと考えられるようになって、今はほぼ乖離がなくなりましたが、導入初期は試行錯誤でしたね。

吉田
うちも制度を発表したとき、現場からは『何を書けばいいの?』という戸惑いがすごく多かったんです。うちは受注生産なので、来年どんな仕事があるか見えない中で目標を描くのが難しくて。
そこで“サポーター”と呼ばれる役割の人が、メンバーと一緒に、『このレベルの溶接を目指そう』など具体的に噛み砕いて伴走する形にしました。
今年がまだ1年目なので模索しながらではありますが、制度が浸透していけば、少しずつ自走できるようになると思っています。

――やはりスタート時はいろいろな混乱が起きたんですね…。みなさんが実際にどんな風にサポートされていったのかお聞きしたいです。

濱岸
製造部のメンバーは普段文章を書く機会が少ないので、言語化がすごく苦手なんです。
頭の中には“こうしたい”があるのに、言葉にできない。だからマネージャーから“言語化を手伝ってほしい”と相談が来て、1つひとつ質問しながら本人の言葉を引き出すように伴走していました。

吉田
現場のメンバーは文章に慣れていないので、言語化は本当にハードルが高いんですよね。
だからサポーターに加えて、私や総務のメンバーも一緒に入って、“こんな書き方もあるよ”と伴走していました。方向性が固まっていないメンバーには、サポーターがある程度“こういう方向はどう?”と道を示す必要があるなと感じましたね。

制度を導入して初めて見えた1人1人の個性

――自分の意志を表現するって、どうしても“話せる人・書ける人”が有利になりがちなイメージがありますが、みなさんはそこを対話でサポートされてきたんですね。運用していく中で、メンバーに意志が芽生えたり、言語化が上達したりといった変化は見えてきましたか?

舟渡
僕自身も現場の一人なんですが、制度を通じて今まで使っていなかった考える筋肉が動き始めた感じがあります。これまで向き合ってこなかった「自分はどう生きたいか」に触れることで、見えないところで確実に変化しているというか。
すぐ成果が見えるものではないけれど、日々の業務をビジョンにつなげて考える習慣が少しずつ根づいてきていると感じますね。

濱岸
制度を導入してみて、文章が上手いとか、話が上手いとかっていう指標だけじゃ測れない「その人がいるだけで周りに良い影響を与える」みたいな Beingの力も会社にとって必要な存在だなと再認識しました。そこをどう評価に反映するかは、投資額を決める場でもよく議論になりますし、マネージャーが1on1でしっかりフィードバックしながら貢献内容に落とし込んでいく形で運用しています。結果的に、そういう“目に見えにくい価値”を拾いにいく中で、マネージャー自身の視座もすごく上がってきている実感があります。

吉田
全体で見るとこれまで日の当たらなかった人の価値がちゃんと見えるようになった、というのが大きい変化ですね。
地味だけど欠かせない仕事をコツコツやってくれている人や、実は裏で効率改善していた人など、普段は見えにくい貢献がサポーター経由で共有されるようになったんです。
それで『この人こんなに成長してたんだ』と気づけるようになったし、サポーター同士の視野も広がりました。

――皆さんのお話を聞いていると、制度そのものの変化だけじゃなくて、マネージャーやサポーターといった“中間に立つ人”の視座がすごく上がっていっている印象があります。
個人の話だけでなく、会社を主語にして語れる人が増えていく、同じ目線で対話できる人が育っていく、そんな変化が生まれているんですね。

おわりに

「未来に投資する制度」の実際の現場には、戸惑いや迷い、言葉にならない思いがたくさんありました。その揺れに寄り添い、少しずつ言葉を引き出し、前に進んだ先には、光が当たっていなかったメンバーの価値に気づけたり、マネジャー自身の視座が上がっていったりと組織に新たな変化が生まれました。

3社が実践する新たな人事制度は、数字や評価だけでは語れない「その人らしさ」を見出し、それを会社への貢献へと自然に昇華させていく。そんな「これからの組織づくり」を示す仕組みなのかもしれません。

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