暮らすがえジャーナル

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資本主義を走りきった起業家がたどり着いた、呼吸しやすい居場所

株式会社ツクルバの創業者として、20代から30代にかけて、「資本主義のド真ん中」を全力で駆け抜けてきた中村真広氏。上場という一つの到達点を経験した彼は、なぜ東京を離れ、あえて不便な神奈川県・藤野へと拠点を移したのでしょうか。

本対談では、その内省のプロセスと、藤野という場所で見つけた豊かさについて語っていただきました。

プロフィール

中村真広 氏(以降、中村)

1984年千葉県生まれ。2011年株式会社ツクルバを共同創業し、2019年東証グロース市場に上場。2023年10月に取締役を退任し、事業の一部をバ・アンド・コー株式会社として引き受ける。現在は自律的に生きる人を増やすために、キャリアデザインプログラム「Willnext(ウィルネクスト)」を展開。

同時に、藤野エリアにて、実験的集落「虫村」やカフェ兼イベントスペース「カドナリ」等を起点に、新しい経済モデル、コミュニティ、サスティナビリティなどをテーマにした地域アクションを展開。人口減少社会における新しい地域モデルを探求している。

平安伸銅工業株式会社 羽渕彰宏

平安伸銅工業株式会社執行役員。reborn株式会社代表取締役。「社外人事部長」として、様々な中小企業の人事に関わり、人間関係の悩みを解決し、社員の意思や才能が発揮されるような文化や仕組みを構築している。得意なことは人の才能を見つけること、苦手なモノはレバー。

「何者かになりたい」Doingを追い求めてきた過去

中村:20代はとにかく「何者かになりたい」という思いが強くて、共同創業者の村上とも「一山当ててやろう」と言っていて、エゴが完全にエンジンでした。
ちょうどスタートアップバブルの時期で、周りが数千万、数億と資金調達しているのを見て、周りに追いつこうと必死でしたね。建築や不動産の文脈で新しいことをやりたくて、リノベーション物件のマッチングに特化した「カウカモ」を立ち上げたんです。時代の追い風もあって、事業は急成長していきました。
ただ、Doingが強くなればなるほど、「代表としてこうあらねばならない」という呪縛がきつくなっていったんです。だんだん仲の良かったメンバーとも本音で話せなくなってしまって…。ちょうどその頃子どもも生まれて、親としてこうあるべきという意識も重なって、いろんな「〜しなきゃ」が積み重なって、正直かなりしんどかったですね。

羽渕:そこからどうやって、自分を取り戻していったんですか?

中村:メンタルモデルのセッションを受けたのが大きかったです。そこで、自分の深層に価値なしモデル(自分には価値がないという痛み)があることに気づいたんです。その瞬間、アイデンティティが一度、ガラッと壊れました。
深ぼっていくと、過保護に育てられた反動で「一人前だと認められたい」という渇望が、ずっとエネルギー源になっていたんです。それまでの自分は、「自分は活動家なんだ」と思っていたんですが、よく考えると、それって痛みを回避するための行動だったと気づきました。

羽渕:エネルギーが一気に変わったタイミングだったんですね。

中村:そうですね。振り返ると、工場を買ったり、場をつくったりしてきたのも自分を癒すためだった部分が大きかった気がします。カウカモの初期も、いわゆる変態物件ばかり扱っていました。市場原理では売れないと言われるものを肯定する。事業を始めて6〜7年目くらいでようやく自分を投影していたんだと気づけましたね。
そのことを全社ミーティングで涙ながらに話したら、みんなが受け止めてくれて。「話してくれてありがとう」と言ってくれた。あのとき初めて、会社と本当の意味でつながれた気がしました。

余白がない場所で感じた虚しさ

羽渕:上場を経て、どんな変化がありましたか?

中村:2019年に上場して、会社が「銘柄」になった瞬間、手塩にかけて育てた子どもが、社会に出ていくような感じでしたね。
それまでは、「自分が魂を込めないと前に進まない」と思っていたけど、実際には、メンバーが定義した価値観で会社がちゃんと自走していた。それを目の当たりにして、大丈夫だと思えたんです。

羽渕:法人と個人のアイデンティティが切り離されたんですね。

中村:まさにそうです。みんなの活躍をみながら「上場企業の経営者として、これからもこの役割をやっていきたいんだっけ?」と自分に問いを持ち始めて。だんだんモヤモヤが大きくなっていきました。僕はやっぱり、ゼロイチで概念をつくることが好きなんですよね。
同時に、東京での暮らしにも限界を感じ始めていました。お金はある程度ある。欲しいものも買える。でも、心から欲しいものがない。東京はすべてが消費で完結していて、つくる余白がどこにもなかったんです。

「藤野」は火星。2割だけ開いてつながる

中村:それで、余白を求めて藤野に来ました。ここはチェーン店もないし、タクシーも数台しかない。山と谷に囲まれていて、わざわざ来ようとしないと辿り着けない場所です。

羽渕:アクセスの悪さが、フィルターになりますね。

中村:そうなんです。立地が悪いので、合理性だけを求める人が入ってこない。だからこそ、個人商店や面白い活動が聖域として残っているんです。

羽渕:僕が好きな考え方で、作家の土門蘭さんが言う「火星」の考え方があるんです。建前とか世間の世界が「地球」だとしたら、本音で呼吸できる場所が「火星」。藤野という場所は中村さんにとって火星なんじゃないでしょうか。

中村:まさにそうです!

羽渕:僕は、その火星を「2割だけ開く」のが大事だと思っています。10割開くと観光地化して、息苦しくなってしまう。でも2割なら、共鳴する人だけがわざわざ来てちょうど良いんですよね。心地よい縁の中で、ちゃんと呼吸しながら生きられる居場所がこれからは必要なんじゃないかなと思いますね。

中村:めちゃくちゃしっくりきます。僕自身、移住してから、カフェやスタジオを仲間とつくっていますが、「投資回収しないんですか?」と周りからは聞かれるんです。でも僕が目指しているのはお金の回収じゃなくて、縁づくりなんですよね。

羽渕:すごく共感します。もし日本がずっと右肩上がりで成長して、それでみんなが豊かになるなら、資本主義を突き詰めるのも一つだと思うんです。でも今は、そうじゃない。むしろ「縁が広がっていく生き方」の方が、日本的な幸せなんじゃないかと、最近よく思います。

中村:そうですね、多くの人がどこかで行き詰まりを感じている気がします。貨幣経済や消費社会の中では、お金を払ったら関係が完結してしまうので、どうしても縁が紡がれにくい。その状態に、みんな薄々気づいているんじゃないかと思うんです。例えばたくさんお金を稼いで、一回きりで終わる消費に使うより、長屋をつくって、300人の「拡張家族」みたいな仲間ができる方が、圧倒的に合理的な生き方なんじゃないかと思います。
藤野でのこの暮らしや活動は、火星を持てず息苦しくなっている人たちに、「こういう生き方もあるかもしれない」と思ってもらえる可能性を提示するアートのような役割なのかもしれないですね。

羽渕: 中村さんの取り組みにすごく共感します。僕自身、「帰りたくなる居場所」がある人が増えたらいいなって思っていて。本来の自分に帰れるホームのような場所があって、そこをちゃんと肯定してくれる仲間がいる。そういった環境は現代社会ではすごく希少なことだからこそ中村さんの取り組みは意義深いなと感じますね。

人事を起点に、会社も帰りたくなる場所へ

「自分の衝動に従って生きること」をテーマに、藤野で活動する中村さん。個人の衝動がどのようにして社会的な「縁」へと昇華され、それがこれからの時代の「人事」をどう変えていくのかが語られました。

中村:今、僕は藤野で3つのレイヤーを使い分けて生きてるんです。一つは、一番振り切ったアート活動の「バグソン」。ここでは経済合理性を完全に無視して、既成概念をずらす実験をしています。二つ目は、その中間にある「ローカルエコノミー」。ここではパパ友たちが店長を務めるカフェやレコーディングスタジオ、写真家夫婦のエステ兼写真館など、仲間それぞれの衝動に形を与える活動を支えています。そして三つ目が、資本主義の磁場に最も近い「HR(Will Next)」です。これらは一見バラバラですが僕の中ではすべて、自分の衝動に従って生きるというテーマで一気通貫しているんです。

特に今力を入れているWill Nextは「衝動に忠実に生きようぜ」というメッセージを社会に受け入れられやすいようにキャリアデザインという形にして提供しているんです。僕たちがバグソンでやっているような純粋な衝動の探求を、ビジネスの文脈でも機能する仕組みにできるようチャレンジしています。

羽渕:なるほど。自己との対話や他者との関係構築っていうのは、本来すごく人事的な役割ですよね。それを大切にしようとする中村さんの願いが、キャリアデザインという形になっているのが面白い!Will Nextでは実際どんなことをするんですか?

中村:Will Nextでは、全4回のオンラインセッションを行います。特徴的なのは、サポーターとの対話の脇に常にAIを置いていること。発話内容をすべてAIが分析し、提示された結果を2人で見ながら深掘りしていくんです。断片的なエピソードトークから共通する価値観を抽出し、人生の「北極星」を共に見定めていく。この自己理解とビジョニングのプロセスは、かつて僕自身が経営に煮詰まっていた時に、メンタルモデルのセッションを受けて救われた経験がベースになっています。僕自身もセッションを受けたことで、当時の自分の行動は実は痛みを埋めるための回避行動で動いていたということに気づけました。そこから、ようやく自分のBeing(あり方)と向き合えるようになったんです。

羽渕:自分の内面を整えることで、外側の世界との関わり方も変わりますよね。でも、今の日本の組織を見ていてもどかしく感じるのは、対話を通じた自己理解の価値が、軽視されていることです。特に対話の専門家であるはずの人事は経営判断から遠いバックオフィスとして扱われがちです。でも、僕は人事こそが現代における僧侶だと思っているんです。

中村:僧侶?

羽渕:僧侶って、歴史的に見れば一冊も本を書かずに、ひたすら目の前の人と対話を続けてきた存在なんですよ。例えば社長と社員の関係が悪くなったとき、二点間だけではぶつかり合いで縁が切れてしまう。そこに三点目として人事が僧侶のように介在することで、視点を変え、その場の縁を変えることができる。これこそが人事の本質的な職能だと思っています。


中村:面白いですね!まさに僕も同じ問題意識を持っていて、人事は、単なる管理部門や事務方ではなく、目に見えないソーシャルキャピタル(縁)を最適化・最大化していく職業だと思うんです。人事という職業をもっとクリエイティブで、世の中をエンパワーメントする職種にブランディングしていきたいですね。人事が個人のWill(意志)を大切にし、肯定してくれるようになれば、会社は単なる数字を追うだけの場所ではなくなりますよね。

羽渕:そうですね。そうなれば、会社は帰りたくなる居場所に変わっていくと思います。本来の自分、Beingとしての自分を認めてもらえる場所があるということは、現代社会において何よりの幸せだと思うんです。

中村:Will Nextを通じて、自分の火星から声を上げられる人が増えれば、結果として社会全体がもっと呼吸しやすくなるはずだと信じています。自分の意思(Will)を軸に、納得感のある次の一歩(Next)を作る。そうやって自分を肯定できる人を増やすことで、「自分を極めることが社会の役に立つ」という循環を、人事という側面から社会に実装していきたいんです。

編集後記

人事が僧侶のように縁を編み直していった先に、会社は単なる労働の場ではなくなっていく。本来の自分を否定されることなく、意志を持ったまま社会や仕事と関われる。そんな状態が育まれていくことで、会社もまた帰りたくなる居場所になっていけるのだと思います。

「衝動」や「Being」は日々の役割や評価の中で、気づかないうちに後回しにされてしまっているからこそ、対話を通してそれに気づき直していくことが大切なのだと、今回の対談を通して改めて感じました。

平安伸銅工業は、暮らしに寄り添う企業だからこそ、それを言葉だけでなく体現する存在でありたい。社内に限らず、関わる人や場のあちこちに、思わず帰りたくなるような居場所をつくっていく。そんな姿勢を、これからも大切にしていきたいと考えています。

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