暮らすがえジャーナル
平安伸銅工業は、「暮らすがえ」を文化にすることをミッションに活動しています。「暮らすがえ」の実践には、賃貸でも持ち家でも、壁や家具を傷つけず「原状回復」ができる方法で空間を組み替えられることが非常に重要です。
そのため、社長の竹内香予子は、自社の強みである「つっぱり棒」以外の方法も常に探しています。
そんな中、セメダイン株式会社から画期的な新商品が出たのを知りました。それが「セメダインD」です。
「貼ってはがせる接着剤」という特徴に非常に興味を持ち、さっそく自宅でも使ってみたところ、そのポテンシャルに「これはすごい!」と可能性を感じました。
ぜひ詳しく商品や開発の背景を知りたいと思い、東京の本社を訪ねました。
今回は、その開発のきっかけを作った同社の「レジェンド」こと木村修司さん(元技術・開発責任者)と、プロジェクトを引き継いだ髙森貴章さん(企画担当)、そして更に三世代目を引き継いだ野老梨沙さん(企画担当)に、開発の裏側と「剥がせる接着剤」の可能性について直撃しました。
■ きっかけは「くっつかない」への挑戦ではなく、「解体できる」未来
竹内香予子(以下、竹内): 本日はよろしくお願いします。噂によると、この『セメダインD』の開発には「レジェンド」と呼ばれる木村さんが深く関わっているとお聞きしました。開発はいつ頃からスタートしたのでしょうか?
木村様(以下、木村): よろしくお願いします。レジェンドなんて大層なものじゃないですが(笑)。実はこの構想自体は、もう12〜13年前、2013年頃からありました。
竹内: そんなに前から! 最初はどういうきっかけだったんですか?
木村: 当時、工業界では「易解体(いかいたい)性」というキーワードが出始めていました。例えば携帯電話などをリサイクルする際、強力にくっついていると分解できない。だから、「必要な時はくっついて、修理や廃棄の時は剥がせる」という接着剤が求められ始めていたんです。
竹内: なるほど。「SDGs」や「リサイクル」の観点ですね。それを家庭用に持ち込もうと?
木村: そうです。ただ、工業用は機械で剥がしますが、家庭用は女性の力でも「びよーん」と引っ張って剥がせなきゃいけない。かつ、普段はしっかりくっついていないといけない。この「矛盾する性能」のバランスを取るのが非常に難しかったですね。
■ 「マステ+両面テープ」の落とし穴と、液体の強み
竹内: DIY好きの間では、原状回復のために「マスキングテープの上に両面テープを貼る」という技が流行っていますが、それとは何が違うのでしょうか?
木村: そこが重要な点です。マスキングテープは元々、塗装用に数日で剥がすことを前提としています。長期間貼りっぱなしにすると、糊が残ったり、ベタベタになったりすることがあるんです。
竹内: あー、わかります! 私にも経験があります。結局ベタベタで掃除が大変になるんですよね。
木村: 『セメダインD』は、長期間固定した後に剥がすことを前提に設計しています。また、最大の違いは「液体(ジェル状)」であることです。 テープだと、コンクリートや木材のようなデコボコした面には密着しませんが、ジェルなら隙間に入り込んでガッチリ食いつく。それなのに、剥がすときはゴムのように伸びてキレイに取れるんです。
竹内: 「液体だからこそ、どんな素材とも仲良くなれる」というのは目からウロコです。ベランダのコンクリートや、表面がザラザラした壁紙など、テープが苦手な場所こそ出番ですね。
■ 社内でも理解されなかった!? 3世代にわたる開発リレー
竹内: それほど画期的な商品なのに、すぐに発売されなかったのが不思議です。
髙森様(以下、髙森): 実は……技術的には木村が完成させていたんですが、私が引き継いでも社内の発売許可がなかなか下りなかったんです。何度も原因を探ると、売る側である営業部隊が「商品の魅力にピンときていない」ことがわかりました。 接着剤といえば目の前のものをくっつける「顕在需要」が優先されますが、これは「潜在需要」の要素が多くて未来が見えにくかった。だから私は、必死に魅力に気づいてもらうための「用途開発」を続けたんです。
竹内: どのようにして営業の方々を巻き込んでいったのですか?
髙森: そんな中、新型コロナウイルスによる外出規制が始まりました。私はこれを機に、販売メンバーへオンラインで個別にヒアリングを行い、アイデアを出し合いました。最終的には部長の協力もあり、販売メンバー15名ほどで集まる会議を開いて用途を出し合うまでになったんです。
竹内: ピンチをチャンスに変えたんですね! 皆さんのご自宅で実験をされたんですか?
髙森: はい。テレワークが多かったため、思いついたら即自宅で試して、他の人にも試してもらいました。テストを通じて、皆の住環境やライフスタイルの違いに気づくことも多かったですね。 調べ、試し、工夫して実用的な用途を一つひとつ生み出していくのは楽しかったです。ただ……無限に自宅マンションでテストを繰り返す私を見て、一番苦労していたのは、理解に苦しむ家族だったと思います(笑)。
木村: もう私は定年で辞めるつもりだったんですけどね(笑)。みんながそうやって頑張ってくれるから、ずっと見守ることになっちゃって。
髙森: 販売と一丸となって新製品を送り出すプロセスを踏むことで、見えにくかった魅力を皆が感じてくれました。結果として「はがせる固定剤」という新しいマーケットのカテゴリを作り出し、最終的には私や野老を含む3名体制で発売・プロモーションの立ち上げを実施することができたんです。 そして大きな転機になったのは、創業100周年の記念品として配ったこと。実はあの時、量産ラインがまだなくて社員総出で手作業でチューブに詰めました。その記念品を使ったユーザーさんからの「ここに使ったら便利だった!」という声が集まり、一般発売への確固たる自信に繋がりました。
■ 「とりあえずやってみよう」で広がるDIYの可能性
竹内: 最後に、この『セメダインD』をどんな風に使ってほしいですか?
木村: 「接着剤」というと、一度つけたら二度と取れないという怖さがあって、使うのに勇気がいりますよね。でもこれは、「失敗したら剥がせばいいや」という気持ちで使える。 「とりあえず貼ってみようか」という、気楽なDIYの第一歩として使ってもらえれば嬉しいですね。
竹内: 「失敗できる接着剤」って、すごく新しい価値観ですね。 私もつっぱり棒博士として「賃貸でも諦めない」を提唱していますが、つっぱり棒では対応できない「凸凹面」や「屋外」の固定は、この『セメダインD』が最強のパートナーになりそうです。
髙森: 更にこの製品のバトンは若手に引き継がれているんです。パッケージ作成等にかかわっていた若手の野老がこれからこの価値を広げていく役目を担っています。
竹内: 三世代にわたる壮大なプロジェクトですね。
野老様(以下、野老): はい、まさにそうだと思っています。時代ごとの暮らしやニーズに合わせて用途提案を重ねながら、「はがせる固定剤」が次の世代、その次の世代へと自然に受け継がれていく存在にしたいと考えています。
特に、集合住宅に住む若い世代から、子育て世代、シニア世代まで、原状復帰が求められる環境の中で「これなら安心して使える」と選ばれるスタンダードになることが目標です。日常のちょっとした快適さから、防犯・防災まで、生活に寄り添う一本として使ってほしいです。
取材後記
入社2年目であの水回り専用のシーリング材「バスコーク」を開発されたという伝説の木村様。その方が10年以上かけて、「くっつくのに剥がせる」という矛盾に挑み続けたストーリーに感動しました。
特に、髙森様をはじめとする社員の皆様が、自らの暮らしの中で実験を重ねて「使い方」を見つけ出していったというエピソードには、作り手の深い愛情を感じます。
「試してみる」ことのハードルを下げる。その特徴は、私たちが目指す「暮らすがえ」の文化創造で色んなシーンで活用できそうだなとワクワクしています。
例えば、今まではハードルが高かったタイルの活用も、「タイル風のモノを貼るのではなく、本物のタイルを貼って、飽きたら剥がす」。
そんな「本物志向の原状回復DIY」が、この一本から始まるかも、などアイデアが膨らみますね。