暮らすがえジャーナル

暮らすがえジャーナル

研究員で、保育士で、ボイパの人。自分にしか作れない「新しい価値」を探していく生き方。

こんにちは暮らすがえジャーナルです。

「暮らすがえ」とは、ライフステージや家族の成長、季節や気持ちの変化に合わせて、暮らしに自ら手を加え、ありたい「私らしい暮らし」を実現していくことをいいます。

今回は、暮らしと、新しい価値を生み出すことについて、元RAG FAIRの奥村政佳さん(おっくん)にお話をお伺いしました。
気象予報士、防災士、保育士、ボーカルパーカッショニスト、科学技術コミュニケーター…。頂いた名刺には肩書がずらり。「自分にしかできない、新しい価値を見つけていきたい」と語る奥村さん。
新しい価値を生み出すとはどういうことなのか、奥村さんを突き動かすものとはいったい何なのでしょうか。

おくむら政佳 さん

高校3年生の時、当時日本史上最年少で気象予報士を取得、その後アカペラグループRAG FAIRに加入しボーカルパーカッショニストとして活躍。
現在は横浜国立大学台風科学技術センターで客員研究員を務めながら保育士や講演活動などマルチに活躍している。

――早速なのですが、奥村さんの現在のご職業は何になるのですか?

いっぱいあります。大学で気象に関する研究員をしていて、週に1度保育士もしていて、今はステージに立つよりも審査や講評をすることの方が多いですが歌にも関わっています。

――気象に保育に歌に、色々な分野に携わられているのですね。

それらを組み合わせて、講演のご依頼を受けることもあります。最近は子ども向けの防災講座なんかもやりました。気象と保育の組み合わせですね。
今日、この取材を受けるとき、陳腐すぎる表現だなと思ったんですが「ジャンルのつっぱり棒」をやってるなと思いました(笑)いろんなジャンルの間の橋渡しをしている感覚です。

――「ジャンルのつっぱり棒」面白い表現です(笑)でもどうして、そういった複数の分野に携わっておられるのでしょうか。

20年前くらいに、ブログでも書いたのですが、「スペシャリスト」じゃなくて、「スペシャリストのジェネラリスト」になろうって決意したんです。
専門的だけれど、その専門と専門の間に、自分にしかできない、新しい価値を見つけていきたい。今ではパラレルキャリアって言葉も出てきましたね。

――「スペシャリストのジェネラリスト」ですか、どうしてそうなろうと思ったんですか?

高校生の頃に気象予報士の資格をとって、大学生の頃にアカペラに出会ってRAG FAIRに加入して、保育園のアルバイトで保育に興味を持って保育士を取得して…そうやって自分の興味関心を突き詰めていきました。

でも、頂点まで突き詰める、ってなんか違うなと。
時には人と競り合わなきゃいけないし。それはあんまり好きじゃないんです。
それなら、ナンバーワンになるんじゃなくてオンリーワンになりたい。
自分が突き詰めたものたちの間に新しい価値を見つけ出したいって思ったんですよね。その方が楽しいし。

――「新しい価値」を見つけるとは、どういうことでしょうか?

例えば、都会の保育園って園庭が無い施設が多いんです。
その環境でどうやって子どもたちに自然に触れてもらおうって考えたとき、ためしに保育園の窓の外の天気を予報してみたらみんなが興味を持って。

そんなある日、僕に埼玉の天気予報についてお話してくれる子がいたんです。
保育園があるのは横浜なのに、どうして埼玉の天気なんだろう?と思ったら、テレビの天気予報は県庁所在地の天気を表示するから埼玉だけ「さいたま」ってひらがな表記なんですよね。
それを見てひらがなと天気マークで天気予報が理解できたみたいで。

こんな風に、ひらがなにするだけでも小さな子どもでも気象予報に興味を持ってくれるんだなって、こんな面白いこと、いろんな人に知ってほしい!と思い、37歳で大学院に入って論文を書きました。
そこから幼児向けのお天気アプリの開発に携わったりもしています。

――まさしく「気象予報×保育」という奥村さんにしかできないジャンルですね。

そんな風に、自分だからできることで、新しい価値を作っていきたいなと思っています。

――でも、素敵だなと思う一方、誰もチャレンジしていない領域に足を踏み込むことは、大変なのではと思います。どうしてそんな風に挑戦を続けられるのでしょうか。

根幹は好奇心なんだと思います。面白そうとか、気になっちゃうとか。

気象予報士の資格を取ったのも、最初は子どもの頃に天気予報で見た「暴風雨警報」というワードからでした。
「暴風雨の警報?なんだか凄そうだけど、何が起こっているの?」って。それをどんどん調べていくうちに気象予報の面白さを知りました。

そこに、これは自分がやらねば!という使命感や衝動みたいなものが加わっているんだと思います。
考えるよりもまず、「やってみよう!」ってなる。いや、周りの人からしたら「やってみた」なのかも。すぐに行動しちゃうから。

――「やってみた」だと事後報告ですね(笑)

そうそう「気づいたらもう遠くにいるじゃん!」ってくらい、自分を突き動かす衝動があったら行動しちゃう。

もちろん、ヘコむことも、「あかんわ…」って思うこともありますよ。

でも、自分を信じてあげることは大切にしているかな。

あとは、結果が出るまで全力でやり切る、ということも大事にしています。

そうやって成功体験を積み重ねていったら、次にできることも新しい世界も見えてくるんですよね。年を重ねるごとに自分の足場が広がっていく感覚があります。

――暮らしに関してはどうですか。

僕、ラブリコめっちゃ好きなんですよ。家にもたくさん使ってます。

奥村さんのご自宅で使われているラブリコ。他にも複数使用されているのだそう。

――インタビュー中もラブリコをずっと見ていらっしゃいましたね(笑)

祖父が造船業の職人をしていて、両親も仕事の関係もあって器用だったので、無いものは自分で作るのがわりと当たり前の環境だったんです。学生時代もホームセンターで色々買って寮の部屋を改良してたし、今も大学の研究室に無いものは自分でつくったりとか。

ラブリコはいろんな使い方ができるから可能性広がりますよね。ちょっと位置が違うなと思っても失敗してもやり直せるのがいい。

どこにどんなものを作ろう、って想像するのが面白い商品です。

――暮らしにも奥村さんの好奇心が感じられます!

■ミニコーナー:つっぱり棒の旅

取材を受けていただいた方につっぱり棒を渡したら、どこに使われるのか。
そして数年後、そのつっぱり棒はどこで何をしているのか、つっぱり棒の行く末を見守ります。

「ミネラルウォーターのボックスの飛び出し防止に使うことにしました。」と奥村さん。ずっとこのままかもしれないし、新しい役割が生まれるかもしれないし、さよならするかもしれない。ここからどんな旅がはじまるのでしょうか。

編集後記

天気、保育、歌…一見、関係性がないのに、どうしてそれを、しかも全部お仕事にされているんだろう?奥村さんの「私らしさ」ってなんなんだろう?と思ったのが、今回奥村さん取材をお願いしたきっかけでした。
「気象予報士や保育士と言うと、資格好きなんですか?って聞かれるけど、そうじゃないんです。
 天気も子育ても、全部身の回りにあるものなんですよね。自分の身の回りにあるから、もうちょっと知りたいと思ってしまうんです。」
と奥村さん。身の回りへの「好奇心」や「やってみた」が今の奥村さんらしさを作っているのだなと思いました。

そこから、自分にしかできないことを見つけていくのは、きっと簡単なことではない。
(私たち自身がまさに、突っ張り棒のその先の、新しい価値を作るためにもがいているところです)

でも、奥村さんのように、自分を信じること、やり切るという気持ちは大切で、それがあれば、小さくても、最初の一歩は踏み出せるのかもしれないと思いました。

さあ、暮らすがえ。