暮らすがえジャーナル

暮らすがえジャーナル

職場でも家でもない「私らしくいられる場所」をつくる。会社員と本屋さんという生き方。

こんにちは暮らすがえジャーナルです。
「暮らすがえ」とは、ライフステージや家族の成長、季節や気持ちの変化に合わせて、暮らしに自ら手を加え、ありたい「私らしい暮らし」を実現していくことをいいます。

今回は、大阪市内にある、詩や短歌などを主に扱う本屋「葉ね文庫」の店主、池上さんを取材しました。
現在、会社員をしながら平日の夜と土曜日に本屋さんを営む池上さん。
彼女にとってはこの本屋さんこそが「私らしくいられる場所」なんだそう。

家でも仕事場でもないもう一つの暮らしとは、その「私らしさ」とは何なのかをたずねました。

池上 きくこ さん

大阪市ある本屋「葉ね文庫」の店長。会社員として働きながら、週に3日、平日の夜と土曜日に「葉ね文庫」を運営している。

HP:

葉ね文庫

――本がたくさん!すごい量ですね

多いですよね。徐々に増えてきて、いたるところに本が積み重なってしまって。でもこの空間、じっとできて落ち着くんですよ。

店舗の奥にあるレジが池上さんの定位置。レジの周りにも壁のように本が積み重なっている。

――池上さんの位置はもはや鳥の巣のようになっていますね(笑)池上さんは、もともとは普通に会社員をされてたんですよね?

そうですね。

早く手に職をつけたくて、専門学校からプログラマーとして就職したんです。
でも、働いてみて、すぐに向いてないんじゃないかなと思いました。
だったらWEBデザインはどうかな?と転職したり、その会社で求められるポジションで働いてみたりと、いろいろとIT業界の中で職を転々として、最終的にメーカーのWEBマーケターになって、分析がメインの仕事になったんです。

そうやって少しずつ自分にあった仕事に近づいていったのですが、ふと、今がいちばん理想に近いのかもしれない、これ以上の仕事はないかも、と思ったんです。

そこからは心に空洞ができたみたいになって。

この先も夜遅くまで仕事をして、土日はスキルアップのために時間を使って、それがずっと続いていく。

無理かもしれない、と思いました。

――そこからどうして本屋さんをやろうと思われたんですか?

もともと子どものころから本が大好きで、書店や貸本屋さん、古本屋さんとかによく通ってたんです。

自分の時間をぜんぶ使ってもよいと思えるような仕事ってなんだろう、と考えたとき、本屋しかないなと。
そう決意してこの場所を借りました。

でも、本屋だけでやっていける自信はなくて。
なので、平日の昼は会社員、夜は本屋さんというスタイルでこの「葉ね文庫」をはじめました。

迷路のようなビルの1階にある葉ね文庫。靴箱が置いてあるのは靴を脱いでお店の中に入るスタイルだから。

店中に積み重なる本たち。本は日に日に増えているのだそう。

――昼間に会社員をしながら夜に本屋さんという生活ですよね、大変なのでは?

それまで会社で残業をしていた時間と、日中会社で働いて夜に本屋の仕事をしているのは、時間的には変わらなかったんです。
なので、体力的にはさほど変わらなくて。

それよりも、ここで本屋をしていることで気持ちが楽になりました。

――「気持ちが楽になった」とはどういうことでしょうか。

会社で働いているときは、少しでもできる人に見せようとしていたんです。

でも、ここにいるときは自然体なので楽です。
今は会社でもそんなに変わりませんけど。

私、仕事をしている時は能面のような顔をしているようです。

集中するとそんな顔になってしまうのですが、長年働いてきて身に着いた顔のようにも思えます。
いろいろな職場を転々としていると、いろいろな人と関わりますから、一定の距離感を保ちたいというのがあって、無口だけど話したら話す人、みたいなキャラクターがいちばん過ごしやすくて、できる人にも見られやすい。
少し演じていたのだと思います。

――なるほど。職場で働いている時って、誰しも演じている部分が多少なりともあるかもしれません。

でも私はわりと人の話を聞くのが好きなんです。
同じ話でもおもしろければ何回でも聞きたい。好奇心を刺激されます。

ここだと、お客さんもいい人ばかりで、適度な距離感で、いろいろな人の話を聞くことができる。
新刊の本が入ってくることも、刺激のひとつです。

――好奇心を刺激されることが池上さんらしい暮らしになっているのですね。

そうですね。

お客さんと話したり短歌を短冊に書いてもらったり。
そういった交流も私にとっては刺激です。

いつも同じじゃない、新たな刺激を得て自分の好奇心を満たしてくれる。

時間的には会社だけで仕事をしていたころと変わらないし、それよりも忙しいかもしれません。
でも、ここにいると家のようにリラックスできるんですよね。

うちは詩や短歌を中心に扱っているんですけど、詩や短歌って刺激的だなと思っています。
常に新しい表現を求めて流動しているように思えて。

店舗の一角にはたくさんの短冊が。「お店に短冊を置いていて、来られたお客さんに好きに書いてもらったものを貼っています。お客さん同士の交流が生まれたりして面白いですよ。」と池上さん。

――仕事でも、家でもない、私らしく居られるもう一つの場所がこの「葉ね文庫」なのですね。

そうですね。
仕事も、本屋を始めるまでは、ただ仕事がきらいなだけかもしれないと思いかけていたのですが、単純に忙しくて自分のペースにあってなかっただけで、仕事自体は嫌いじゃないことがわかりました。
そういった自分に気づけたのも、この場所があったからなんじゃないかと思います。

――池上さんの今後の夢はありますか。

いまきてくれているお客さんが、ずっと通ってくれるような店を続けていきたいです。

そのために、変わらない、をやっていくことが、私らしい生き方だと思っています。

編集後記

今回の取材は、お店の営業時間で行いました。
池上さんにお話を伺っていると、ぽつりぽつりとお客さんがやってきて、黙々と本を探したり、短歌を書いたり、池上さんに話しかけたりする。
そんな空間は、なんだか居心地が良くて、取材をしながら何時間でもいられそうな気がしてくる。
池上さんが自分らしく、それでいて適切な距離感でいてくれるから、お客さんにとっても心地よい空間になっているのだろう思いました。

暮らしとは、生きるとは、「職場や学校と家だけ」という枠で考えなくてもいいのかもしれない。

そう思うと、いろんな選択肢が生まれてくる。
改めて「私らしさ」に思いを巡らせてみると、今までにない暮らしの答えが出てくるかもしれませんね。

さあ、暮らすがえ。

取材中に訪れたお客さんが取材の様子を詩に書いてくれました。「取材してされて三寒四温かな」こんな交流が生まれるのも、池上さんのお店ならではなのかもしれない。

■ミニコーナー:つっぱり棒の旅

取材を受けていただいた方につっぱり棒を渡したら、どこに使われるのか。
そして数年後、そのつっぱり棒はどこで何をしているのか、つっぱり棒の行く末を見守ります。

「葉ね文庫で、拭き掃除したときの布巾を乾かす場所を私の机の横につくりました。」と池上さん。葉ね文庫の片隅で活躍しているようです。